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鬼は倉皇(ソソクサ)と逃げてゆく

今週の格言「顔肉の厚い輩は信用するなぁぁぁー!。」あくまでも一般論です。特定な人を指しているわけじゃないですよー(爆笑しちゃいやよー)。
例の事案で習平様(ウン?)の「けんりょくきばん」はヤバイよヤバイよー!状態だそうですよー!(フェイクだー、笑えないかな?)。
ってな事を云いつつ今週もローカル事案でお目汚しだー。

★感謝の心は乳(父?)ごころ

チュウコクジン曰わく「感謝を忘れたヤツは畜生だー!。」あくまでも一般論です。特定な人を指しているわけじゃないですよー(微笑む)。

コチラをご覧ください→■開拓の基盤を作った囚人道路-月形町

「人品骨柄卑しからず」な良い文章ですねー。上から目線で失礼しまーす。

「千古斧鉞(せんこふえつ)の原始林や人跡未踏の湿地」だったんですネー。曰わく「私たちはこの事実と意味を、決して忘れてはならないでしょう。過酷をきわめた労働によって今日の北海道の礎いしずえを築いたのは、樺戸をはじめとした集治監の『赤い人々』だったのです。」

まさに「感謝」ですねー。

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コチラも参照→■第4章:川と並木/札幌市北区

「24.血と汗の囚人労働で-新川開削 」をご覧ください。伝聞かーい!、昭和49年かーい!。先人への感謝の心が薄く(道都の役人としての)品格や気概も低めの記事ですねー。道庁や月形町とよくよく相談の上で記事を書いて欲しいよねー。

因みに、昭和49年の札幌市長様は「板垣武四」様ですネー。総理大臣は「田中角栄」様ですネー。遠い目かな?。

失礼いたしました。この歌を聴いて心を洗ってくださいませ。



リベラル派の先生の御意見もご紹介いたします。

コチラをご覧ください→■第3698話 ~ 石狩平野の客土事業&湿原の喪失! ~ 堀田清の元気が出るおはなし

「手稲・琴似原野」ですネーと云うトコロだろうか。(開拓前は)湿地(低湿地、泥炭地などなど)だらけだったんですねー。当に感謝ですねー。

「多くの人が食べることに苦労しなくなったのに・・・」って『言い過ぎー』のような気が・・・素人がナマ云うなー!。天変地異があれば吹き飛んでしまうような備えはダメダメよー。

★土木だー!

土木って何さ?。岩波(呵々大笑)風に云うと「木材・鉄材・石材などを使ってする、家屋・道路・鉄道・河川・港湾などの工事。」らしいですよー。

コチラをご覧ください→■建設機械の歴史

全文を読むのが面倒な方は「建設機械の歴史 (ダイジェスト版pdf)、機械化土工のあゆみ(pdf)」などをご覧ください。

曰わく「明治13年6月~柳ヶ瀬隧道工事(長浜~敦賀)でダイナマイトを初採用、穿孔はインガソルランドロックドリル製の鑿岩機と蒸気コンプレッサを使用。」

さらに曰わく「明治18~23年 琵琶湖疎水、南禅寺の水楼閣 :土木史跡若き田辺朔郎が計画・実施、9ポンド軌条と5勺積み鍋トロを英より輸入して施工。」

「田辺朔郎」様ですネー。開拓期の北海道にも縁があるのです。

コチラもご覧ください→■開拓初期-歴史のひとこま2【札幌開発建設部】治水100年 |札幌開発建設部

「まさに技術は人なり。」札幌カイケンも云うよねー(微笑かな?)。ナンにしろ若い人が大活躍していたんですねー、アメリカ風に云うと「パイオニアスピリット」かな。

もう一人忘れてはならない人に「古市公威」様と云う偉い方がいます。

コチラも参照→■読めば胸が熱くなる!土木技術の歴史 俺の夢forMAGAZINE

徳川家康は兎も角も・・・微笑かな?。「古市公威 札幌県下札幌市街地水害防禦計画(現代語訳)」で検索すると詳細がわかります(興味ある方はどうぞ)。

国土交通省の「日本の河川技術の基礎をつくった人々」でもその名前が出てきます。

古市公威様曰わく「土木技術者は様々な専門技師を集め、それらの知識をも利用する指揮者とならなければらない。そのためには、広い視野に立ってものごと全体を見つめる土木以外の勉強も必要である。」ウムッ!。

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肝に銘じまーす。(還暦過ぎのワタシには)今更遅い気もするが・・・笑えないかな?。

★二級河川新川水系「新川」北海道

マラソンの話しじゃないですよー(苦笑い)。

先ずはコチラをご覧ください→■ハンドルネーム「天狗橋」のこと YAMAP - ヤマップ

曰わく「明治になってから、洪水防止のため治水事業のため新たな川を造ったので川の名を新川とした。」ウムッ!、違うようなキモするが(ウン?)。

コチラも参照下さい→■新川水系 北海道 - 川の名前を調べる地図

人工河川である本流の新川を含めて「32本の河川」が絡んでいるんですねー。曰わく「新川の開削により、洪水被害が集中していた札幌北端の茨戸地域の石狩川(現在の茨戸川)へ合流する複数の川のうち、西部の琴似川と発寒川の流れは分断され、上流部の流れが西方向の石狩湾に向けられた。これにより札幌北部の洪水被害は軽減されたが、今度は新川沿いが洪水の常習地となり、排水が困難になった。そのまま長らくの間放置されていたが、後に河川改修を重ねて徐々に農地、住宅地に適する土地に変わっていった。」

なるほどネー。

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コチラをご覧ください→■【pdf】新川がつくられた 手稲郷土史研究会

「手稲郷土史研究会」様も色々とお調べになられているようだが資料等が不足しているようだ。

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北海道大学の偉い先生が曰わく「(明治後期までの北海道)弥生時代と余り変わらぬ『鋤(すき)・鍬(くわ)・人力』などを用いて工事に当たる当時の状態が一日延びれば内地から一年遅れると自覚しなければならぬ時期であった。」

弥生時代さながらの工事だったので「資料等が残っていないのかも・・・素人の推量です(悪しからず)。」北海道大学の論文「札幌市における河道改修と氾濫形態の変化」によると「明治22年の新川開削、明治30年の創成川開削、これらの事業は湿地の排水などを目的としており,大きな洪水氾濫削減効果はなかったと考える。」

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だそうですよー。要するに「(いわゆる)土地改良」が主目的だったんですねー。

★HBCはグッジョブだー!。tbsはダメだけど(個人の意見ですが・・・)

先ずはコチラをご覧ください→■泥炭モノリス製作と泥炭地資料館のご案内

「特殊土壌」ですねー、チョットばかり難解かな。海外にも「泥炭地資料館」があるんですネー。行ってみたいよねー(金があれば・・・無言)。

コチラを参照→■あぐり王国 放送内容 北海道の良質な作物を支えてきた土地改良編

2013年ですねー。しっかり「キッズ」も捲き込んでますねー(微笑かな?)。コレを見て「行ってみよー」と思ったんですネー。

最後に「第71回さっぽろ雪まつり」の写真なぞ。

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北海道マスコミ様は「チュウコクジン減ったー」と叫んでいるが。にも関わらず来てくれた「(チュウコク以外)海外のお客様」に対する感謝の念が「足りてないずらーっ・・・。」

来道下さり真に有難うございました。感謝。Thank you so much.

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