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石川秀美、正統派アイドルがいた時代

いわゆる「カルチャー」と云うのは「消費文化」の事で、送り出す側と受け手が一体となって創り出すものだろう。ってな事を云いつつ、80年代(勿論の事に70年代も)初期の「アイドル現象」を説明すると、どうしても伏せ字だらけになってしまう(笑)。そこんところ・・・よろしくー。ついでに「敬称略」でよろしくー。

★外圧、欧米かー!

先ずはコチラをご覧ください→■二十三時の色暦・ももいろマップ 荻野目洋子、ダンシング・クイーン(踊り女王)

1984年デビューなんですネー、石川秀美がデビューしたのが1982年だからその2年後だ。ドギツイ言い方をお許し願えれば「ディスコと云うカルチャーをより低〇年齢層(貧乏?)に拡げた」功労者だろうと思う。

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コチラもご覧ください→■ダンシング・シスター (ノーランズ) 解説と試聴

何と云うか当時は至る所でこの音楽がかかったいたよネー、ある意味での「カルチャー・ショック」かな。「夜ヒット」でも英国からよんで放送していました。

コチラをご覧ください→■1980年代 洋楽ヒット曲 年代流行

マイケル・ジャクソンにマドンナですかー!。何と云うか「多弾頭のICBM」ですネー。世界のマーケットの競争にて勝ち上がってきた連中と、「国内マーケットの緩めの競合」しか経験したことのないアイドル、ってな構図でしょうか。

影の声「市場規模が違うだろー。」

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ってな事でコチラもご覧ください→■レッツゴーヤング なつかしの番組 音楽番組編 特集記事から探す NHKアーカイブス

アレまぁー、懐かしいです。1974+12=1986ですネーと云うトコロだろうか。曰わく「『レッツヤン』の12年間は、そのまま1970年代~1980年代のアイドルポップ史であり、アイドルたちの青春グラフィティといえる。」ウムッ!。

内需拡大を図るべく奮励努力した国営放送(ウン?)も1986年に「力尽きたー」という事だろう。

★水泳大会

吉永小百合はおろか原節子の水着写真も存在する(ビックリ)んですネー、いわゆる宣材写真の類いらしい。そもそも大上段、遊泳用水着が大衆レベルまで下りてきたのは「大正末期から昭和初期」なんだそうだ。

ゲスな話しで恐縮だが、その効用は「アンヨ、いわゆるフトモモ」が露わになることにある。「吉永小百合の真っ白いフトモモがー!、原節子の真っ白いフトモモがー!」ってなところだろうか(下品ネー、笑)。流石に「オシ〇リがー」という表現は憚れるが・・・。

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口さがない話しで恐縮だが、昔の某有形掲示板に石川秀美のアンヨ(フトモモ?)にふれて「二番目にキレイだー」と喋っていた(実に怪しからん、笑)。ソレジャ一番は誰か?「同期の早見優」だろー、ってなオチだ。当時でも「工作員」がいたんですネーと云うトコロだろうか。爆笑。

ところで、札幌から見て「東京の羨ましい」ことの一つに「大衆史としての江戸時代の吉原文化」がある。歌麿などの浮世絵の世界である。往時のアイドル水泳大会を見直していて感じたのは「これは顔見世(レビュー)だ」という事かな。歌舞伎の「顔見世興行」と言い直しても良いが。

誤解なきように言い添えると、吉原絵巻と云うのは「吉原と云う業界(送り手)の宣材」だったと云う事だ。いわゆる「閨房での房事」を描いていないのは、それは「野暮だー!」と云う暗黙の了解(送り手と受け手の)があったからだ。消費者としての江戸の住人の文化レベルは高かったのだ。

それじゃ言わせて貰うが「春画」って何?。吉原関連のソレはホンの一部で、多くは「江戸の素人衆(アマチュア)の性習俗」を描いたものが大半だったと云う事だろうか。穿った見方をすれば「若衆」と云うのは、夢物語風のアマチュアリズム(反商業主義)を擬制していたのだろう。

江戸時代と云えどもソコラには「イケメン」は転がっていなかった、てなところかな(夢がないわネー、笑)。

何れにしても「(水泳大会)日本の伝統芸能」だという事だろうか。受け売りだが「男はいらない!、歌麿が描いた女の花園(宣伝広告)」ってなところだろうかな。影の声、男もでてるぞー。あれは「血気盛んな『若衆』なんだろうと。歌麿の絵にも『若衆』が出てくるでしょ。」

ヤックン(ジャニーズだった方の)もヤッパリ「血気盛ん」だったんでしょうか?、知らんけど(苦笑い)。

★プロフィールなぞ

ネットで身長に関し様々な数値が飛び交っている(微笑)。何せ「十|五|歳(苦笑い)」でのデビューなので、その後に身長が伸びるのは当然だろうか。158㎝から160㎝くらいのいずれかだろうか(笑)。

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コチラをご覧ください→■戦後70年「日本のアイドル近代絵巻」、巨大セールスの80年代 - エキサイトニュース(1-3)

業界(送り手)に忖度した上でのザックリした紹介だが「そうだったよね」ってなところだろうか。「モモコクラブ」ではなく「BOMB(ボム)」を取り上げるとモアベターだろうと思う。

コチラもご覧ください→■BOMB - Wikipedia

アイドルの変遷(流行)が解る面白いマトメだろうと思う。石川秀美に関しては「表紙になったのは1985年」が最後みたいだ。私見だが「おニャン子クラブ」的なモノに流行が移っていったかな、詳細はさけるが(微笑)。

コチラをご覧ください→■石川秀美の自宅?実家?姉?現在?子供?年齢?画像?

今時の芸能記事らしい「微に入り細に入り」な明け透け記事だろうかな。身長が161㎝だー!・・・と云うのは初耳だ(お前だけだー、笑)。今少し「柔らかい表現」の記事は下記で。

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コチラもご覧ください→■早見優、松本伊代、石川秀美の3ショットに「平成アイドルにはない格」感じる人も - エキサイトニュース

なるほどネー。特に、松本伊代と仲が良かったーって当時(引退前の)のアイドル誌で喋ってましたネー(どんな雑誌か忘れたが)。

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コチラを参照→■「石川秀美」でのドラマ&人名検索結果 - ◇ テレビドラマデータベース ◇

ウムッ!。全部で14本ですか。映画の作品履歴はないようですネー。

チョットだけ辛辣な評論は下記で。

コチラも参照→■ホームドラマチャンネルで80年代アイドルドラマ!?|茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

端境期(はざかいき)ですか(野菜かー!)、辛辣ですね。日本のアイドル事象そのものが「外圧」に晒されていた、と云う事でしょうか。アイドル自身の問題と云うより「送り出す側全体」の責任と云う事でしょうか。

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「ゆ・れ・て湘南(しょうなん)」は、石川秀美のセカンド・シングル。1982年7月21日発売。新人賞を取った曲ですね。デビュー時のインパクトは強烈だったが、楽曲セールス的には苦戦したようだが・・・。

そのあたりのデータは「アイドル・ポップ・データベース」を参照下さい。

コチラを参照→■アイドル・ポップ・データベース 聖子ちゃん・明菜から、ゆこもも・おニャン子・アイドル四天王、そして、CoCoを中心とした80年代・90年代・00年代の女性アイドルをまとめています。

1982年のところにありますネー。1983年から1985年あたりのデータをご覧ください。

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今はワイハ!

太ももライバルが早見優?
浅野ゆう子を破ってスプリンター ハイジャンパー二冠王を伏兵国生に阻止されるまで連覇した美脚は見事ですね!
当時は本人的には香坂みゆきをライバル発言して、トップ争いしてましたね。
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