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小島可奈子、女と女の性治力

kanako03四十路の坂の手前を一二三と登っている途中でございまするが未だ未だ熟女と申すには可愛らしい御姿におわしまするやうだが、何時の間にか「授乳」がどうのと云う仕儀になられたようだ。泪壺の原作は渡辺淳一センセの短編でWebでのある評ではホラー小説だそうだ、そのセンセが嫌いなので読んだことはない。実測1時間50分(DVD)の映画ではそれを精一杯に膨らませて作品に仕上げている。

★ヨウガンだけどキョニュウです

ヨウガンというのは幼〇顔の事でベ〇ビーフェース(古!!)でロ〇リ・フェース(マニア!!)だと云うことだ。「幼〇顔にデカパイ、ちょいとかすれた声がたまらん~ 」という評が某所に上がっていたが、小島可奈子の魅力をザックリ云うとそのような事になるのかも知れない。

ロ〇リエロの「ほしのあき」を和風にして一寸ローカライズしたようなルックスなのが小島可奈子で決して都会風の面立ちではない、けれども二十歳過ぎてプロになったのは似ているかも知れない。

彼女は男性(別に女性でも構わないが)スキャンダルが無いのも特長で、電車でチ〇カンされたくらいだろうか?。そう言う意味では「伊藤麻衣子」に雰囲気が似て無くもない。個人的には今の路線の延長で「高岡早紀」の座を奪って欲しいと思う。

なーんてな事を思っていたら、今は「年下の旦那(肉王)と結婚。 福岡移住、つれづれ日記。 2013年、11月に娘が生まれました。」

遠ーい眼でご覧いただければ吉カナ?



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★小島可奈子の純愛映画

と云うわけで(ウン?)「泪壺」はその渡辺センセの御作品なのだ。「ナンダラ云う壺の前で営んで仕舞う女」を描いているらしい???。それを我等がコジカナ主演で映画化されたわけだ。

今時は濡れ場があるから「純愛じゃない」と言い張る人は極少数派だろうと思う。実測で三場面の濡れ場をこなす小島可奈子は可愛らしくもソレらしく十分以上に感情移入をさせてくれる。

最初の相手は田舎じみた同僚の中〇学教師で、此の平凡な男が人生最初のオトコになる、大体ソンナものだと女性観客が納得するかどうかは判断できないが。

2番目の相手は童貞?の教え子で、モーテルに連れ込んで騎乗位で・・・と云う次第。

3番目の相手は義理の兄で、映画的に当たり前だが紆余曲折があって最後に結ばれるのだが、何故か対面座位で事が始まるのだ。

朋世(小島可奈子)の人生の中でこの三人だけがオトコで、ただ一人の恋愛感情を抱いた相手が妹(愁子、佐藤藍子)の夫の雄介(いしだ壱成)なのだ。まさに純愛?!!!。

★壺がツボなのだ

映画では、義理の兄を子〇供の頃から「好きでした~~」というような単純な筋立てなので、時系列をユラユラ動かす事により映画的ストーリーを膨らませている。

それは主人公の思春期(十代半ば)の1986年と三十路半ばの今である2006年(多分)とを行きつ戻りつさせることにより物語が動いてゆく。

種明かしをしても物語的興趣は削がれないと思うので書いてしまうが、泪壺は病死した妻(愁子、妹)の遺骨を練り込んだ白い壺のことだ。焼き損じてしまい赤いキズが出来てしまい、壺が泣いているように見える事から銘々したらしい。

もう一つ壺が出てくるが、それは此の姉妹の亡くなった母親が大事にしていた形見の壺で、この壺はボーンチャイナというもので牛の骨片を練り込んだ土で出来ているというものだ。

此の形見の壺を主人公の朋世が落として割ってしまう、1986年頃のことで、後に義理の兄になる雄介とその体験を共有している・・・という映画的な仕掛けになっていて、ラストのシーンで此の体験が効いてくるのだ???。そこは喋っちゃ拙いだろうと思う。

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★東京と地方の風景が象徴するもの

主人公の朋世は地方の音楽教師(中〇学校)から、色々あって東京で小さなピアノ塾の先生をするようになる。その色々の中身の一つに妻を亡くした父親の世話から逃れると云う事がある。

この父親も病死し(先に妹も亡くなり)天涯孤独になった朋世と義理の兄とが2006年の東京で再会するのが物語の終末の筋立てだ。

朋世が十代の頃(田舎での子〇供の頃から)に負った心のキズの象徴が母の形見の壺で、十代の頃に接着剤で修復したボーンチャイナというわけだ。

一方の泪壺は、亡き妻の骨を練り込んである、と云うのも朋世にも秘密にしているのだが、雄介を通じた田舎から引きずる「ある思い」の象徴でもある。そのある思いと云うのは「十代から抱き続けた朋世の雄介への純愛」というわけだ。

ラスト間近の東京での朋世と雄介の最初で最後?!の性行為は、田舎を介して互いのキズを確認し合う儀式で、それは対面座位で無ければならない、というのがカントクさんの思いかも知れない。

悲劇的なラストシーンで、思いっきり???泣ける純愛映画の佳作だと思う。泪壺、2008年3月1日公海、監督は瀬々敬久。妻と女とか母性と女・・・とか云う手垢まみれの発想では無く、「一人称の女の中に、二人称目の女がいて、同一の肉体の中で性治力を発揮し合っている」ってなところでしょうか(個人の感想です)。



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