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影はやくざにやつれても、男の純情

ペタペタとラベルを貼りまくってどうするの?近頃は携帯ラベルプリンターが一人に一台の時代なんだろうか。おまけに男は純情で女は度胸の世の中になってしまったようだ。何方かが日活ロマンポルノの「愛獣シリーズ」の事を書き込んでいただいたようで、「泉じゅん」さんでお馴染みの同シリーズは女の度胸を描いた映画だが、男の純情は何処へやらと云う事で記事をイッパツ?。

★どことなく影のある男は時代遅れか

「影はやくざにやつれても」の意味を時節柄か「暴〇力団礼賛」だと受けとった方がいて思わずコーヒーを吹いてしまった。

昭和11年(1936年)公開の日活映画に「魂」と云うのがあり、その主題歌が「男の純情」である。「男いのちの純情は・・・」の歌詞と共に覚えておられるご年配のかたもおられるだろう。

二番の歌詞の頭に「影はやくざにやつれても」と云う言葉がでてくる。野暮を承知で解題すると、「(世間様から見て)見てくれ(生活態度)はヤ〇クザのように荒(すさ)んでいても」と言う意味で歌の主人公が暴〇力団構成員だという意味ではない。

影というのは「影のある人」とか言う影で、「世間様は見てくれと云う影を映す光源」と云う考えに基づいている。問題は今の世間様と昔の世間様はチーとばかり違っていたと言うことだ。



★芸人もヤ〇クザも根っこは同じか

この「男の純情」は三拍子で作られていて、何気に懐かしかったり中国あたりでも愛唱されたりするのはその所為だろうか。

島田紳助氏の暴〇力団親藩と称する騒動で芸能レポーター氏の「芸人もヤ〇クザも根っこは同じ」と云うネタほど「あざとい」ものはないだろうと思う。芸能マスコミは即ち世間様なのか?と言う事で、島田氏の生活態度を通信簿の通信欄よろしく採点するのは如何なものか、芸人としての芸を「暴〇力団構成員のシノギ」と同一視する態度は品位を欠いた発言だろうと思う。

御本人が「影はやくざにやつれても」と言うのならまだしも、他者が私的評価をラベルにしてペタッと貼るのは業務違いだろうと思う。貶すなら芸そのものを正面から批評すべきだ。

マスコミそのものが世間様と勘違いして、結果として大衆をマインドコントロールしようとする野心を隠さない現状は憂えるべき状況だと思う。

★愛獣シリーズの主役は何故に女性なのか?

いわゆるヤ〇クザ映画が衰退して久しいが、かってのヤ〇クザ映画ブームは全共闘・新左翼ブームとほぼ被っている。年代的には全共闘が廃れたと同時にヤ〇クザ映画のブームも終わったように見える。

そのブームは安保闘争とベトナム反戦を経て連合赤軍さん達の御活躍で幕を下ろしたらしいが、そこにおけるキーワードは「女」であろうと思う。死という括りで見ると60年代安保の象徴は女性で、連合赤軍の象徴も女性であった。

下品な物言いをお許し願えれば、60年代から70年代の男の秀才達のキンタマが一つまた一つと女に取られていったと言う事だろうと思う。今はキンタマどころかチンチンそのものも切り取られてしまったように見える。

そう言えば昭和11年(1936年)には「阿部定事件」と云うのがあって本当にチンチンを切り取られた男がいたのだ。

ロマンポルノの「愛獣シリーズ」はヤ〇クザに擬して、男共のキンタマが取れていく過程を活写し、「男の性が歴史に疎外されるザマを描いた」セミドキュメント映画だったのだ。

さらにそう言えば昭和11年(1936年)には「二・二六事件」もあっったけ。平成に同様な事件が起きるとすれば主役は女だろうと思う。

jyun011


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